大判例

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福岡高等裁判所 昭和40年(ネ)642号 判決 1967年10月17日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

被控訴人(更正決定により更正)が金五〇万円の担保を供するときは、原判決主文第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一、二項同旨の判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、左記のほか原判決の当該摘示のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決二枚目表一〇行目の「同年四日一日到達の」とある部分を「同年四月一二日付の」と訂正する。)

控訴代理人の主張。

一、被控訴人の本件不動産に対する賃貸借契約解除通知は、控訴人の昭和三二年一月から同年三月に至る三ケ月間の賃料合計金六万円(月額金二万円の割合)の不払いを理由としている。しかしながら、控訴人が右賃料を延滞したのは、次に述べるような正当事由に基づくものであり、したがつて、前記契約解除は無効である。

(一)  被控訴人は、かねてより控訴人に対し本件不動産を明渡させる機会を慮つていたのであるが、その言動は昭和三一年六月ごろより顕著となり、、同年七月に至るや、七月分の賃料を持参した控訴人の娘柴山トシ子に対して「明渡してくれるならとにかく、そうでなければ賃料は受取れない。」と受領を拒んだのを最初として、以後賃貸借解約時に至るまで継続して受領拒絶の態度を変えなかつた。ここにおいて控訴人は、同年七月以降、賃料を支払うことができず、止むなく福岡法務局小倉支局に弁済供託を行なつてきたのであるが、供託が長期化するうち、ついうつかりして昭和三二年一月から同年三月分までの賃料の供託を失念したのである。しかし、控訴人の右賃料の不払いは、被控訴人の受領拒絶に伴う債権者遅滞のさなかに生じたものであつて、社会通念上問題視すべき履行遅滞と解することはできない。

(二)  被控訴人は、昭和三二年一月ごろより本件不動産の転借人たる訴外鬼〓仁美に対し、転貸人たる控訴人に転貸料(月額金五万円)を支払わないよう働きかけ、かつは本件不動産の所有者たる被控訴人が、賃貸人として直接本件不動産を月額金三万円で訴外鬼〓仁美に賃貸する旨の意思表示をなし、昭和三二年一月以降今日まで、右訴外人より直接月額金三万円の賃料を徴収、受領している。被控訴人の以上の言動は、賃借人かつ転貸人たる控訴人を本件不動産の賃貸借関係より排除しようという底意に出たものであるがそのため控訴人は、それまで受取つてきた転貸料を受取ることができなかつた、ところで一般に、賃借人が賃貸人の承諾を得て賃借物を第三者に転貸した場合、賃貸人の賃借人に対する義務は、賃借人(転貸人)が転借人に目的物を使用収益させることを妨害しない義務、ひいては賃借人がその対価として転貸料を受領することを妨害しない義務に転化するものと解すべきである。しかるに被控訴人は、賃借人たる控訴人の転借人に対する目的物の用益関係を正面から否定し、自己を直接の賃貸人となすべく転借人に働きかけ、その結果、賃借人である控訴人の当然の権利である転貸料の受領をも事実上不可能ならしめたものである。しかして、賃貸人が賃借人に対して賃貸物を使用収益させる義務と賃借人の賃料支払義務とは同時履行の関係にたつものというべきところ、本件においては、賃貸人たる被控訴人が賃借人たる控訴人の賃借物に対する使用収益を妨害した結果、控訴人において賃料を支払えなかつたのであるから、控訴人は同時履行の抗弁権の行使により自己の賃料不払につき履行遅滞の責を負わないものというべきである。

二、以上のとおり、控訴人の昭和三二年一月から同年三月に至る間の賃料不払いは、被控訴人が賃料受領を拒絶し債権者遅滞に陥つている期間中に生じたものであり、しかも、賃借人として目的物の使用収益を妨害されていた期間中に生じたものである。したがつて、控訴人の前記賃料不払いは履行遅滞には当らないものというべく、その限りで右履行遅滞を前提とする被控訴人の本件賃貸借契約の解除は無効である。

三、以上の主張が理由がないとしても、被控訴人は、本件賃貸借契約解除後である昭和三三年一二月一五日、解除原因となつた昭和三二年一月ないし三月分の賃料に相当する供託金の還付を受けたばかりでなく、昭和三二年四、五月分以降の賃料相当の供託金もまた何らの留保もつけず異議なく受領している。そして以上の事実によれば、被控訴人は黙示的に契約解除の意思表示を撤回したものというべきである。

被控訴代理人の主張。

一、控訴人主張一の(一)(二)同二の各事実は、いずれもこれを否認する。被控訴人は控訴人に対し賃料の受領を拒絶したこともないし、本件不動産の転借人たる訴外鬼〓仁美に対し、転貸人たる控訴人の受領すべき転借料(月額金五万円)を控訴人に支払わないよう働きかけたこともない。

二、控訴人主張三の事実中、被控訴人が昭和三二年一月ないし三月分の賃料相当額の供託金の還付を受けたことは認める。しかし、これは契約解除後のことであつて被控訴人は賃料相当損害金の補填のために受領したものであり、黙示的に解除の意思表示を撤回したことはない。

証拠関係(省略)

理由

一、被控訴人が控訴人に対し昭和三〇年九月三〇日、原判決添付別紙目録第三記載の建物ならびに同第一記載の建物の敷地である第二記載の土地(以下本件不動産という。)を

(一)  賃貸期間。昭和三六年一二月三〇日まで。

(二)  賃料。昭和三〇年一〇月一日から同年一二月三一日までは一ケ月金一万五、〇〇〇円、昭和三一年一月一日以降は一ケ月金二万円、毎月末日までに被控訴人方住所に持参支払うこと。

(三)  特約。

(イ)  賃料を二ケ月分以上滞納した場合、被控訴人は即時賃貸借契約を解除できる。

(ロ)  控訴人は本件建物を訴外鬼〓仁美に転貸できる。

(ハ)  控訴人は本件土地を第三者に転貸または店舗の使用権を譲渡することができる。

等の約定で賃貸したことおよび控訴人が被控訴人に対し昭和三二年一月ないし三月分の賃料を支払わなかつたこと、以上の事実は当事者間に争がなく、成立に争いのない甲第二号証によれば、被控訴人が控訴人に対し昭和三二年四月一二日付書面で、前記(三)(イ)の特約に基づき、昭和三二年一月以降の賃料不払いを理由に、本件賃貸借契約解除の意思表示をなし、右意思表示は、おそくとも同年四月一四日には控訴人に到達したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二、控訴人は、本件賃貸借契約については、その成立と同時に被控訴人から控訴人に対し賃借権設定登記手続をなすことが特約され、右登記手続と賃料支払いとは同時履行の関係にたつものであるところ、控訴人は被控訴人に対し昭和三一年一〇月一三日到達の書面をもつて、賃借権設定登記手続と同時に賃貸借契約上の義務を履行する旨の意思表示をした。しかるに被控訴人は前記登記手続を履行しないので、控訴人には賃料の履行遅滞の責はなく、したがつて、本件契約解除は無効である、と主張する。

よつて、按ずるに、被控訴人が控訴人に対し本件賃貸借契約について、賃借権設定登記をなす旨を約していたことは被控訴人の認めるところである。しかしながら、被控訴人の右登記義務と控訴人の本件賃料支払義務とを同時履行の関係にたたしめるという特約の存在は、本件全証拠について見てもこれを確認するに足りず、むしろ成立に争いのない甲第一号証、第五号証、乙第一号証(同号証には、昭和三一年八月三一日までの賃料は支払ずみとの記載がある。)原審証人柴山トシ子の証言、原審における被控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人の前記登記義務と控訴人の本件賃料支払義務とを同時履行の関係にたたしめるという特約は無かつたことが認め得られる。しかも賃貸借契約の性質上賃借権の登記義務と賃料支払義務とは同時履行の関係にたつものとは認めがたいので、賃借人たる控訴人において、すでに賃借物の引渡しを受け現にこれを使用収益している以上、賃借権の登記が無いために賃借人たる控訴人が契約の目的を達し得ないという特段の事情の認めがたき本件においては、控訴人の前記抗弁は、すでにその前提において失当である。

三、控訴人は、昭和三一年七月、控訴人が娘の柴山トシ子を通じて被控訴人に対し、七月分の賃料を現実に提供して支払いを求めたにかかわらず、被控訴人においてその受領を拒絶し、その後も受領拒絶の態度を変えなかつた。本件契約解除の原因となつた昭和三二年一月から三月分までの賃料不払いは、被控訴人の受領拒絶に伴う債権者遅滞のさなかに生じたものであつて、控訴人に履行遅滞の責はないと主張する。

しかしながら、当審における控訴人本人尋問の結果は弁論の全趣旨に徴して措信しがたいし、原審証人柴山トシ子の証言その他本件全証拠について見ても、控訴人の前記主張事実はこれを確認するに足りない。したがつて、本件契約解除の原因となつた昭和三二年一月から三月分までの賃料不払いが、債権者の受領遅滞のさなかに生じたものであるとする控訴人の前記抗弁は、すでにその前提において採用しがたい。

三、控訴人は、被控訴人が昭和三二年一月ごろより本件不動産の転借人たる訴外鬼〓仁美に対し、転貸人たる控訴人に転貸料を支払わないよう働きかけ、かつは自ら直接本件不動産を月額金三万円で訴外鬼〓仁美に賃貸することとし、昭和三二年一月以降今日まで右訴外人から直接月額金三万円の賃料を徴収、受領し、転貸人たる控訴人の転貸料の受領を妨害した、したがつて、控訴人は前記賃料不払いにつき履行遅滞の責を負わない旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第八号証の一(同号証は控訴人を原告、訴外鬼〓仁美を被告とする福岡地方裁判所小倉支部昭和三二年(ワ)第四〇八号家屋明渡等請求事件の第一審判決であるが、同判決の事実摘示中、控訴人の主張として、被告(訴外鬼〓)は昭和三二年三月分以降の賃料を支払わなかつた旨の記載があるが、このことは昭和三二年二月までの賃料の支払いを受けたことが推認される。)乙第六号証の記載の一部、甲第一三号証当審における被控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、訴外鬼〓仁美は控訴人に対し昭和三二年一、二月分の賃料は約定どおり支払いを了し、かつ、同年三月分は控訴人がこれを受領しないので弁済供託しており、控訴人の被控訴人に対する本件契約解除の原因となつた昭和三二年一月ないし三月分の賃料の不払いは、控訴人主張の如く、被控訴人が昭和三二年一月ごろから訴外鬼〓仁美に対し、転貸人たる控訴人に転貸料を支払わないように働きかけ、かつは自ら直接本件不動産を月額金三万円で訴外鬼〓に賃貸することとし、昭和三二年一月以降今日まで右訴外人から直接賃料を徴収、受領し、控訴人の転貸料の受領を妨害したことに由るものではないことが認め得られる。右認定に反し、または反するかの如き乙第五、六号証の記載、当審証人宮崎助次郎、同占部辰巳の各証言、当審における控訴本人尋問の結果、前掲各証拠と対比して措信しがたいばかりでなく、むしろ前掲各証拠を参酌して考えると、被控訴人が訴外鬼〓に対し、転貸人たる控訴人に転貸料を支払わないよう働きかけ、かつは自ら本件不動産を直接右訴外人に賃貸して賃料を徴収、受領したのは、本件契約解除後のことであつた、と認めるのが相当である。よつて、控訴人の前記抗弁もまたその前提において失当である。

四、控訴人は、被控訴人において本件契約解除の意思表示を黙示的に撤回した旨主張する。そして被控訴人が昭和三二年一月ないし三月分の賃料相当額の供託金の還付を受けたことは、被控訴人の認めるところである。しかしながら、成立に争いのない乙第九号証と本件弁論の全趣旨に徴して考えるときは、右供託は、いずれも本件契約解除後の供託にかかるものであつて、本件契約解除の効力を左右することはできず、被控訴人が契約解除後右供託金の還付を受けたからといつて(還付の日は、契約解除後の昭和三三年一二月一五日である。)直ちにもつて本件契約解除の意思表示を撤回したものとは断じがたい。控訴人の前記抗弁は採用しがたい。

五、されば、本件賃貸借契約は、昭和三二年四月一四日解除されたものと認むべく、したがつて控訴人は被控訴人に対し原判決添付別紙目録第三記載建物を明渡し、かつ、同第二記載宅地の賃貸借が終了した以上、同宅地上に存する同第一記載建物を収去して右宅地を明渡すべき義務あることは明白である(控訴人がその所有にかかる同第一記載建物を同第二記載宅地上に建築所有していることは、弁論の全趣旨に徴し明らかである。)。被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当で本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条、第一九六条に従い、主文のとおり判決する。

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